正しい知識

身体と会話し変化する微生物たち
ミステリアスなマイクロバイオーム

人体の中で最も微生物が多い器官はどこだと思いますか?
それは腸です。

腸内の微生物たちは、ただ単に「居る」だけではありません。食べ物の消化吸収、病原菌の侵入防止、免疫バランスのメンテナンスなど、さまざまな働きをしてくれています。

この人体の微生物の生態系を「マイクロバイオーム(微生物叢)」といいます。
「叢(そう)」とは草むらを指し、多種多様な微生物が影響し合い、絡まり合い、人体との間に密接なコミュニケーションを取っているのです。

その働きや変化はミステリアスで、まるで小宇宙のよう。

マイクロバイオームがどのような役割を果たしているのかを知れば、自分の身体がもっといとおしく思えてくるはずです。

\\\ マイクロバイオームについて、専門医に詳しく聞いてみました ///

教えて先生!

小西康弘Yasuhiro Konishi

医療法人全人会 理事長 / 小西統合医療内科 院長

2013年より 小西統合医療内科 院長 総合内科専門医 / 医学博士

腸内環境は遺伝ではありません。

経腟分娩で産まれる赤ちゃんは、産道にいる菌を飲み込みながら産まれます。お母さんの細菌を受け継ぐことによって、はじめて自分の菌を獲得し、自分なりのマイクロバイオーム形成をスタートさせるのです。

出産直前の女性の膣内は、子どもにとって最適になるよう変化しています。妊娠中に膣内で繁殖した善玉菌や悪玉菌は暖かいベッドの役割を果たし、酪酸菌という菌を増殖させ、子どもに受け継がせる準備が始められています。とてもミステリアスですね。

ただし腸内環境は後天的に大きく変化します。母親から受け継いだ細菌バランスが悪くても、子ども自身は自分の腸内細菌を育てていきます。3歳までの子どもの腸は、はじめて食べる食材や栄養素を柔軟に受け入れる「免疫寛容」の状態にありますから、この期間に何を食べるかが、それ以後のマイクロバイオームに大きな影響を与えます。

日本人が食物繊維を分解できる理由

マイクロバイオームの多様性と個体差は、私たちの想像を超えています。

たとえば本来ヒトは食物繊維を分解できませんが、日本人は食物繊維を食べ、分解することが可能です。これは、日本人の腸内細菌のおかげです。

食物繊維を多く食べる民族の腸は、食文化に順応し、食物繊維を分解する腸内細菌を増やしていきます。しかしあまり食物繊維を摂らない民族の腸内には、食物繊維を分解できる菌がそれほど多くは存在しません。

つまり民族や生まれ育った文化土壌によって、マイクロバイオームのバランスはまったく異なるのです。

海外旅行に行ったときに慣れない食事を食べておなかの調子が悪くなるのは、単純に食べ慣れないという理由だけではなく、腸内細菌の種類が深く関係しているのです。

コアラが毒のあるユーカリを分解できる理由

上記の例は、人間に限ったことではありません。

コアラはユーカリの葉しか食べませんが、ユーカリの葉にはシアン化水素という有毒成分が含まれています。繊維成分が多く硬いため消化しにくく、栄養成分もまったくありません。さらにコアラの遺伝子には、ユーカリの葉(繊維質のセルロース)を消化吸収する酵素をつくる能力もありません。

ではなぜコアラは、ユーカリの葉を唯一の食事にできているのでしょうか。

それは、コアラの腸内に住むマイクロバイオームがユーカリの毒素を無毒化し、繊維質を分解してエネルギー源へ変化させているからです。

コアラの赤ちゃんも、生まれたときはユーカリの葉を分解するマイクロバイオームを持っていません。しかし母乳から離れる頃から、母コアラは自分の便を「離乳食」として与え始めます。

この時期に母コアラから出る便は「パップ」と呼ばれる特別な便で、その中には、消化しやすく分解されたユーカリの葉と腸内細菌が豊富に含まれています。母コアラの「パップ」から、ユーカリの葉を食べて生きていけるだけのマイクロバイオームを十分に受け取った赤ちゃんコアラは、他の生物が食べられないユーカリの葉を主食として、生きていけるようになるのです。

個体差のある消化吸収機能

人間とコアラの例を見て分かるように、消化吸収機能は、身体とマイクロバイオームとの「共同作業」で動かされています。これがマイクロバイオームが人体と会話をし、密接なコミュニケーションを取っている…といわれる理由です。

腸内環境は遺伝ではない理由がお分かりいただけたでしょうか。母親から受け継ぐ菌・自分で育てる菌によって、その状態は大きく変化していくのです。

マイクロバイオームは、普段食べるものや生活習慣の影響も受けるため、ある程度の年齢になってからの個体差は、非常に大きいものになります。

ダイエットや健康目的の一般的な栄養指導でも、すぐに結果が出る人と、出にくい人に分かれるのはそのためです。基礎代謝が違うわけではなく、その人の持つマイクロバイオームの状態に関連している可能性があるのです。

ダイエットで腸内環境の話が出るとき、やせる菌・太る菌がいますよ…という例が出されますが、それもマイクロバイオームのバランスによって異なります。本当に健康的なダイエットがしたいなら、単純なカロリー計算ではなく、マイクロバイオームの状態を考えた栄養指導が必要になっていくでしょう。

環境に順応するマイクロバイオーム

近年では、人工的な添加物や食品に含まれる化学物質の安全性が問われつつあります。それらは自然には存在しない、人体にとっての異物ですから、消化も吸収もできません。人類は、それらを分解する酵素をまだ持っていないからです。

しかしいつか、異物である添加物をも分解する腸内細菌が突然変異で現れる可能性は、十分にあるでしょう。ヒトの環境順応は、マイクロバイオームという「無数の細菌」たちによって、行われていくのです。

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