正しい知識
胃ガン・肺ガン・すい臓ガン…「白い巨塔」とガン治療の進化
2019年5月、医療ドラマ「白い巨塔」が5夜連続で放映され、話題を呼びました。
山崎豊子によって原作の連載が始まったのは1963年。なんと56年も前の作品が、脚本や俳優を変え制作されるのは凄いですね。白衣をひるがえしての総回診シーンは、ドラマのトレードシーンとしても有名です。
「白い巨塔」は、1970年代、2000年代、そして今回と、おおよそ3回にわたる映像化で社会現象になりました。
白い巨塔の主人公・財前五郎は、天才といわれる外科医です。財前五郎は自分の得意としてきた専門分野のガンにかかり、若くして命を失いますが、その得意とされる手術は、実は毎回変わっているようです。
1970年代(主演:田宮二郎)・・・胃ガン
2000年代(主演:唐沢寿明)・・・肺ガン
2019年(主演:岡田准一)・・・すい臓ガン
これはどうして?
単なる演出上の問題でしょうか?
主人公の生涯に「名声と人生」「生と死」という人間の普遍的な要素が詰め込まれた名作と、ストーリーの軸となるガンの種類には、どうやら時代的背景と理由があるようです。
\\\ ガン治療の歴史を、専門医に聞いてみました ///
教えて先生!
小西康弘Yasuhiro Konishi
医療法人全人会 理事長 / 小西統合医療内科 院長
2013年より 小西統合医療内科 院長 総合内科専門医 / 医学博士
「白い巨塔」で取り上げられるガンが毎回変わったのは、ガン治療の難易度が時代ごとに異なるからです。
この作品の原作が書かれた1960年代、胃ガンは死の病でした。しかし2019年度版が放映された現代では、胃ガンの死亡率は大きく下がっています。
胃ガンにかかる人が減ったわけではありません。寿命が延び、高齢者も増加していますから、胃ガンに罹患する人数自体は増えています。しかし医療の進歩で、胃ガンは「死ぬ確率の低いガン」に変化しました。
これは胃カメラのおかげです。最近では「経鼻内視鏡」という細い管で、簡単に胃の中を診察できるようになりました。また胃ガンの一因としてピロリ菌の存在が知られるようになり、除菌によって胃ガンにかかる確率を大きく下げることも可能になっています。
2019年において、胃ガンは天才外科医がわざわざ腕を振るう必要のないガンになったということです。
時代をリアルに表す肺ガン
2000年代の「白い巨塔」では、財前五郎は食道外科の専門医としてもてはやされる存在でした。作中では、時代を象徴するように喫煙シーンが多く描かれ、財前五郎も結果的には肺ガンで命を失います。
肺ガンの初期症状としてはセキや痰があげられますが、自分が肺ガンだと早期に自覚する人は少なく、発見が難しいガンといわれています。1950年〜2003年のデータを集めた「厚生労働省の人口動態調査によるがん死亡率統計」によると、男性の肺ガンでの死亡率は急速に増加し、1993年には今まで1位だった胃ガン死亡率を抜き、第1位になっています。
肺ガンのイメージとして思い浮かぶのは、やはりタバコです。喫煙者が全員肺ガンになるかというと、そういうわけではありません。ただし肺ガン患者の喫煙率はやはり高く、今ほど嫌煙ムードのなかった2000年代には、テレビドラマや映画、バラエティー番組でも喫煙シーンが多く描かれていました。
そう考えると、肺ガンの手術の名手が「白い巨塔」の主人公として設定されたのも、時代をリアルに表しているといえるでしょう。
最後の難関、すい臓ガン
いよいよ2019年、岡田准一の演じる財前五郎は腹腔鏡手術を専門とし、すい臓ガンに一家言を持つ外科医として描かれています。
原作が書かれた昭和30年代では、ガンは切るしかない死の病でしたが、現在では早期発見によって生存率が高まり、手術だけではなく抗ガン剤や放射線治療など、さまざまな治療法が存在します。
そんな時代背景で、どうして財前五郎がすい臓ガンの権威と設定されたのでしょうか。それは、すい臓ガンの「見つけにくさ」にあります。
すい臓ガンは、発見時に約1センチを超えていると切っても治らないといわれています。浸潤性が高く、周囲に広がりやすいからです。
1センチにも満たないすい臓ガンの発見は、現代医療をもってしても至難の業です。ドラマの中にも「良く見つけたな」というセリフが出てきましたが、CTスキャンでも、1センチ以下の小さなガンはそうそう見つけられません。
最後の難関ともいわれるすい臓ガンが、2019年のドラマの中で取り上げられた意味がここにあります。
次の「白い巨塔」で取り上げられるのは、ガン以外かも知れない
人は皆「死」を恐れ、向き合って生きています。だからこそ医者が聖職者とされ、生と死を扱うドラマがいつの時代も人気を博すのでしょう。
治療の難しいすい臓ガンですが、最近は抗ガン剤も進歩し、延命治療もできるようになってきました。術中照射という、広がったガン細胞に放射線を照射し、ガン細胞をある程度壊しながら切る手術も行われています。
その時代にどのガンが不治とされ、どの分野の外科医に名声が集まっていたのが如実に表れている「白い巨塔」ですが、数十年後、次に「白い巨塔」が放映されるときには、不治の病として扱われているのはガンではなくなっているかも知れません。